
市場から出て来て次なる目的地 Se広場へ向かうべく先程の道を戻っていると
この30分の間に明らかに雰囲気や景色が一変している。んっ!何だこの違い..
たったの30分で変わってしまった原因を見極める為、注意深く周りを観察する
と大体の内容が把握出来た。


足早に歩く人達、慌てて店仕舞いを始めた商店。これは暴動を警戒しての
予防措置としてブラジル戦がある日には必ず行われている事らしい。
勝っても暴動?負けたら必ず暴動?みたいな事が起こるらしく、特に市場に
近いサンベントの街は過去にもかなりの略奪が繰り返されたらしく、商品を
売る賑やかな反面、ある時間を越えると掌を返したように次々と店仕舞いを
していた。

警官隊が続々と到着し配置に付く様子を眺めながら、肌で感じる緊張感に
自身の五感は早めに退避せよとビリビリと訴えている。この感覚は長年
取材を通して培われてきたものだけに危険度の度合いを教えてくれる。
その暴動を撮影する為に敢えて残る事もあるが、今日は仕事では無いので
余裕を持ってこの場を離れた。

サンパウロの旧市街の中心に佇むメトロポリタン大聖堂を見て歴史地区を
ぐるりと回るとすぐにオリエンタルな看板が目立つ街に行き着く。
この辺りがいわゆる日本人街か?日本の建物を模した作りになっていたり
提灯型の街灯などがあり日系スーパーやお寿司屋さんに居酒屋など
おっと!沖縄蕎麦の店まである。全盛期程では無いにしろ、そこには移民
された先人達が心血を注いで作り上げた街が存在していた。

信号機も日本チックな鳥居のマーク。はは.. 凄いですね。スーパーマーケット
の中には日本から届いた様々な商品から、寿司や天ぷらなどの惣菜までNYと
同じくらいの品揃えで並んでいた。その後ブラジルで人気なビーサンを買う為に
立ち寄った店では日系人の方が日本語で対応してくれて何だか嬉しかった。
更にブラジル日系移民資料館に立ち寄ったのだが、ブラジル戦の影響で早くに
閉めるとの事で今回見る事は出来なかったが、いろいろとお話させて貰い、
この国で生きてきた日本の方達の一端を垣間見る事が出来た。
世界中の都市に少なからず日本人のコミュニティーがあり、同じ暮らしが
そこで営まれている。海外の事を日本に発信しているのが自分の仕事なのだが
各国の日系人コミュニティーの事にももっと深く入り込み取材してみたいという
欲求が湧いてきてしまった..。
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