
エルサレム旧市街をオリーブ山から一望する。遠く金色に輝くモスクは神殿の丘にある
岩のドーム。このドームが建っている場所にはかつてユダヤ王国の神殿があった。
その後ローマ皇帝軍によって滅ぼされてしまい、さらにイスラム帝国の支配に移り、
あのイスラムのモスクが現在は残っているというわけだ。
なので岩のドームが建つ場所の下方部分の台座は、かつてのユダヤを偲ぶ唯一の物とし
てユダヤ教徒に崇められている。その台座の手前に広がるのはユダヤ人のお墓で、あの
台座により近い場所に埋葬されることをユダヤ教徒は願ってやまない。


第三次中東戦争でイスラエルがパレスチナ全域を手中に収めるとき、イスラエルの
空挺部隊がまず最初に押さえた場所。それがユダヤ教の聖地「嘆きの壁」がある
一帯だったと言います。最初にこの場所を確保したイスラエル軍の兵士は壁に深く
頭を付けて、やっと帰ってこれた事を涙しながら祈ったと言われています。
それからこの一帯には古くから残っている物と新しく建てた物と、つまりイスラムの
建造物とユダヤの建造物が共存するようになったのです。


ユダヤ教の聖地「嘆きの壁」の前には多くのユダヤ教徒が祈りを捧げている。
朝露に濡れた岩肌がまるで涙を流しているようで、流浪の民の苦労を嘆いて
いるように見える事からこの名前が付けられたと言います。



この旧市街は4つの地区に分かれていて3つの宗教の聖地とされています。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教。それだけに旧市街の中は迷路のように
入り組んでいてそれぞれの区画にはその特色のある店が軒を連ねています、
一度歩いたぐらいでは到底道を覚える事は出来ない感じで、そのごちゃごちゃ
した雑多な感じが何とも楽しく飽きる事がありません。




細い入り組んだ路地を先へと進んで行くと、キリスト教の大きな十字架を背負った
人が祈りながら巡礼しています。辺りはいつしかキリスト教の聖地に近くなった事
を知らせているようです。



ここは聖墳墓教会。イエスが磔にされ、その十字架を立てたと言われるゴルゴダの
丘の上に建てられた教会です。中には大勢のキリスト教信者が祈りを捧げていました。
少し変わっているのは、この教会の中でもキリスト教の宗派によって別々の聖地とされ
ている事でした。ここから左がカトリック、でこっちがギリシャ正教みたいな。
それぞれの聖地はそれぞれの信徒が管理し施されている装飾もよく見ると全然違う事が
解ります。

ゴルゴダの丘の地中部分。信者の皆さんは特にヨーロッパの方が多いような?
珍しく日本人の観光客は皆無な感じです。


イエスの体を油で清めたという台座。ここに買って来た十字架を置き、祈る事で
その十字架が清められ、それを皆ペンダントヘッドにするのが昔から続く聖地を
巡礼する際のお約束になっているそうで、ほとんどの人達がやっているようでした。

そもそもユダヤ教からキリスト教が生まれ、そしてイスラム教も生まれました。
いわば皆同根という事になります。その3つの宗教の聖地が混在する街。
現在でも国連はこの場所から撤退するようにイスラエルに求めています、それは
国連決議として残っていますが、イスラエルはこの決議を無視し続け、エルサレム
はイスラエルの首都であるという姿勢を崩していません。中東問題を進める上で
避けては通れない聖地の問題。聖地はいったい誰のものなのか?
答えを出すのは容易では無いが、この問題を解決しない事には中東和平は考えられ
ないのかもしれません。個人的には国連が定めた「国際管理地区」とするのが
妥当だと思いますが、双方一歩も譲らないのが現状です。さてどうなるのか?
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